学会会長の所信
新体制の発足にあたって
水産海洋学会会長 山下 洋(京都大学)
 

水産海洋学会が2015年に法人化し一般社団法人水産海洋学会となって2期4年が経過致しました。法人化後に懸念されていた事務や財務に関する問題はほとんど発生することなく、和田時夫前々会長、大関芳沖前会長および理事、幹事、委員会委員の皆様の努力のおかげで、学会事業は順調に進められてまいりました。本学会の特徴である地域の話題をとりあげた地域研究集会の開催は、法人化前の2014年度の10カ所から昨年度は12カ所まで増えました。国内の地域問題に加えて、2019年度には国際的な資源管理を議論する研究集会の開催とその定期化も検討されています。和文誌の水産海洋研究は、地域や現場における身近な問題の解決と国内外の様々な情報の発信に取り組んでまいりました。年度により投稿数にかなりの増減があることから、原著論文を中心に会員の皆様に積極的に投稿して頂ける環境を整備し、シンポジウム報告や企画記事などの充実を図っていく必要があります。英文誌であるFisheries Oceanographyでは、日本人による掲載論文が2016年までは年間数編でしたが、2017年、2018年には10編を超えました。このような論文投稿の高い活性を維持しつつ、より多く引用される論文の掲載を目指して、論文の質の向上に向けた取り組みも重要な課題です。

 一方、我が国の人口減少と少子化、産業構造の変化による水産業の低迷などの影響を受け、法人化以降も会員数は減少傾向にあります。学会の最も大きな収入源は会費ですので、会員数の減少は学会運営の困難にもつながります。会員の減少は学会財務にとどまらず、学術振興の観点からも重要な問題であり、学会の活性化に向けた新たな取り組みは喫緊の課題です。本学会の存在意義は、水産海洋学を通して人類社会の持続的な発展に貢献することです。学会として地球の未来を考えるにあたって、とくに若者と女性の参画と活躍は不可欠と言えます。しかし、本学会における学生会員比率は約5%、女性会員比率は7%にすぎません。これを分野の近い他学会と比較しますと、学生会員比率は日本水産学会11%、日本海洋学会は15%、日本生態学会32%、女性会員比率では日本水産学会12%、日本海洋学会12%、日本生態学会24%であり、本学会は学生会員比率と女性会員比率の両方で、生物・フィールド科学系の学会の中では最下位に近いところに位置しています。まず、若者と女性が主体的に学会に参加してチャレンジできる学会の仕組みづくりを具体的に考える必要があります。学会活動の中で、研究発表大会は会員が参加者の顔を見ながら成果や情報を交換・収集できる場であり、若手研究者にとっては成長のために不可欠の武者修行の場でもあります。研究発表大会を若手・女性研究者にとってさらに魅力のあるものにするために、知恵を絞っていきたいと考えています。一方、当学会の強みとして、多くの地域研究集会に代表される地域との密接なつながりと、水産業の現場で指導・研究にあたる会員間のネットワークがあります。近年、水産高校をふくむ全国の高等学校において、地域の環境、生物、生態系を題材とした教育・研究が行われています。学会として、水産研究所・水産試験場などの水産関連機関だけでなく、水産海洋と関係する地域の多様な教育・研究活動を地道に支援することが重要と考えられます。

 世界に目を向けますと、世界人口の増大による食料不足や水産物に対する需要の増加と国際競争の激化など、水産業をめぐる新たな課題が発生しています。そのような状況で、日本の水産業にも新しい展開の可能性があり、水産海洋学会にはそれを支える責務があります。そのためには、本学会の基盤である漁海況、海洋環境、海洋生態系、資源生態、資源管理などの研究の中に、ICT、IoT、AI、ビッグデータ解析、ロボット、遺伝子などの分野で急速に進歩する技術を積極的に取り込み、新たな学問分野へ展開することが求められています。また、海水温の上昇、改善されない沿岸域の貧酸素化、生物多様性の低下、漁獲量の減少などの問題は、人間活動とも深い関係があり、自然科学に加えて社会科学的な観点からの検討も必要です。地域に密着した着実な学会活動とともに、国連の持続可能な開発目標(SDGs)への貢献をも視野に入れたグローバルな視点と長期的な展望をもって、広い分野を包括できる学会の将来像を描いています。

 笠井亮秀、市野川桃子両副会長、岸道郎、大関芳沖両監事と15名の理事で構成する新執行体制がスタート致しました。上に述べた課題認識と運営方針をもとに、健全な学会財務の維持、若手・女性・地域の会員の増加、より広範囲の分野からの学会への参画等に努力し、水産海洋学会のさらなる活性化と水産海洋学の新たな展開をめざしてまいります。会員の皆様のご協力をお願い致します。